VISION
1981年春、Personal Software(後のビジコープ)は VisiCalc の成功によって潤っていた。そんな中、経営陣は今後の経営計画を練っていた。Ed Esber は VisiCalc と一緒に販売できるファミリ製品のコンセプトを提案したが、名前を似せる以外に機能的に連携できる製品がなかった。例えば、VisiPlot で VisiCalc のデータをグラフ化する場合、データを一旦 raw 形式でエクスポートして、再度インポートする必要があった。
Dan Fylstra 主導で、ユーザーのニーズを満たすにはどのように製品を連携させればよいかという技術的議論がなされた。彼らは3つの鍵となる概念を定めた。1つは汎用のデータ交換であり、各製品で共通のデータ構造をサポートするというものである。もう1つはユーザインタフェースの共通化である。最後の1つは、あるプログラムを終了させて別のプログラムを起動するまでの時間の短縮であった。MS-DOS はシングルタスクであったため、例えば VisiDex で何かを参照するには VisiCalc での編集中のデータをセーブして終了させる必要があり、その後、再度 VisiCalc を再起動していた。この一連の操作をもっと単純化しようというのである。
出典:wiki
最終更新日:08/10/08